CASE1

感性工学を活用した「ぶれないものづくり」

株式会社心石工芸

ひろしま感性イノベーション推進協議会は、感性に訴えるものづくりの実現のため2014年に設立、人間のもつ「感性」という新たな価値軸を活用した製品の差別化による高収益構造の実現に向け、感性工学や人間工学を取り入れたものづくりを推進することを目的とし、普及啓発、人材育成、専門家派遣、企業支援などを行っている。

ここでは、同協議会発行の『感性イノベーション成功事例集』で紹介される4社の成功事例より、創業以来50年以上、高品質な革張りソファをつくり続ける老舗メーカー、株式会社心石工芸(以下、心石工芸)のケースを取り上げ、ひろしま感性イノベーション推進協議会」研究実装プロデューサーである一般社団法人感性実装センターの目線で読み解く。 

※ “ ” は『感性イノベーション成功事例集』からの引用


プロローグ - 感性工学との出会いと自社ブランドの成長

出所:ひろしま感性イノベーション推進協議会[2017]『感性イノベーション成功事例集』pp.2-3.

心石工芸が創業した1969年の日本は、高度経済成長期の活気に包まれていた。工業化が急速に進み、住宅事情も大きく変わる中、新築住宅の玄関脇には応接間が設けられ、応接セットを置くのが主流であった。

当時、同社でも応接セットの製造を開始。人気のあった応接セットのシリーズは、現在も張替えの依頼があるほど、高品質かつ耐久性があり、長く愛されるソファを作り続けている。

その後、人々のライフスタイルの変化とともにソファの選び方も変わっていく。心石工芸もその流れに合わせ、“海外の製品や売れ筋のアイテムにニーズを求め、傾倒するように” 商品を展開していた。

 

その一方で同社は、2000年頃から大手メーカーのOEM商品の製造も開始している。


 

一般的にOEMを受託するメーカーには、以下のようなメリット・デメリットがあるといわれる。

<メリット>

  • 生産量・工場稼働率がアップする
  • 在庫リスクを低減できる
  • 生産ノウハウ・技術のレベルが向上する

<デメリット>

  • 自社での生産量コントロールが困難
  • 受託量に左右され利益が安定しにくい
  • 自社ブランドを構築しにくい

確かな技術と柔軟な対応力でOEM受注を伸ばしてきた同社は、そのメリットを享受する一方、生産量のコントロールが難しいという課題にも直面。その課題を克服すべく、OEM受託に加え、“自社ブランドの生産割合を高めていきたい” との方向性を打ち出している。

 

自社ブランド「KOKOROISHI」立ち上げ直後は一筋縄ではいかず、“失敗の連続” だったが、その後順調に売上が伸びたという。その成長の背景には、感性工学の専門家との出会いがあった。同社はどのように感性に訴えるものづくりを進めたのだろうか。

想定するターゲットの感性を可視化

心石工芸は、感性工学の手法の一つである主成分分析を用い、商品評価基準を導き出している。

主成分分析は統計学上のデータ分析手法のひとつで、アンケート調査などで得た多次元のデータの相関関係を、少ない次元でうまく要約することで、対象物に対する感性評価の構造を可視化することができる。

同社は、以下の手順で調査・分析を進めている。

  1. 想定するターゲット層(30代男性)を調査対象の中心とし、ソファを選ぶ基準と考えられる30個のキーワードを抽出、点数をつけてもらう調査を実施
  2. データの分析結果から主成分は「ホッとして心地良い」「高級で上質」と判明、これを2軸にしたプロット図を作成、その図上にソファのサンプルをプロット
  3. 2.をベースに、専門家からのアドバイスを受けながら導出した新たな感性要素(硬めのしっかりした座り心地)と、ものづくりとして大切にしてきたキーワードを組み合わせ、独自の感性価値を策定

同社では、上記2.においてターゲット層の評価基準の軸を導き出し、さらにプロット図上で最も評価が高いソファが、“実際に一番売れている” タイプと一致していることを確認。その上で、上記3.独自の感性価値を戦略的に構築している。

このように、“好きとか嫌いとか、「なんとなく」のニュアンスでしかないと思ってきたことか「数値化」できると知った” 結果、「KOKOROISHI」のコンセプトが明確になり、自社ブランドの確立・成長につながった様子がうかがえる。

感性に着目したものづくりがもたらすポジティブな変化

出所:ひろしま感性イノベーション推進協議会[2017]『感性イノベーション成功事例集』pp.4-5.

同社は、「KOKOROISHI」ブランドの確立と同時期に、CI(コーポレートアイデンティティ)の策定にも取組んでいるが、そのロゴマークを入れたユニフォームを身につけることで、“真面目にきちんとしなきゃという意識や、ものづくりに対する自負も生まれたように感じる” と、社内意識も変化をみせている。

 

また、先述のプロット図は、WebサイトやSNS発信のキーワード選定にも活用される。プロット図上で自社ブランドの核とするエリアと対極位置にあるキーワード(感性ワード)を避けながら、ものづくりに対する同社のこだわりや、それを体現する工場での作業の様子など、自社製品の背景となるストーリーを発信。一貫してターゲット層の感性に訴える。


 

感性工学を活用したものづくりはさらなる発展をみせる。同社が、“ブランドテリトリーを広げるため” に行った調査・分析を経て開発した商品は、新たにターゲットとして設定した層に好評であり、商品開発に感性工学を活用することの有意性がみてとれる。また、“次の調査では、経年変化を好む生活者の心理、本音を探りたい” と、今後の展開も見据えられている。感性を可視化した裏付けデータがあることで、“思い切ったことにも挑戦できる” と同社社長は述べている。

エピローグ - 感性に着目したものづくりのメリット

心石工芸の事例では、新商品の開発、自社ブランドの確立、社内意識の変革と、感性工学活用による持続的な取組みの成果が、好循環を生みだしていることがわかる。公益財団法人中国地域創造研究センター[2019]『“感性”とものづくり』で、同社 代表取締役社長 心石拓男 氏は次のように述べている。

  • 感性工学を活用することで、消費者が何となく感じていることを、はっきりと「見える化」し、商品のターゲットの絞り込み、開発アイテムの選択などを行うことができ、新商品開発の効率も上がる
  • 中小企業では、開発にかけられる資金も人材も限られるため、大きな失敗をすることができないが、そのリスクを減らすために、感性工学が活用できる
  • 今ある設備と技術、材料を使った挑戦なので、リスクの少ない挑戦であり、どんな小さな会社でも取り組めるプロジェクトだが、会社にとっては大きな挑戦への第一歩

このように、感性を新たな価値軸とした商品開発は、膨大なリスクを取る思い切った挑戦には挑みにくい中小企業にとって、ステップバイステップのチャレンジを可能にする。また、心石工芸のように、主力商品の感性要素を抽出・軸化し、明確なコンセプトを確立することは、自社ブランドの独自性を高めることにもつながる。

 

ひろしま感性イノベーション推進協議会では、感性工学や人間工学を取り入れたものづくりの取組み起点となる「感性要素」の抽出を支援している。中小企業がローリスクで新たな市場優位性を獲得するために、感性工学・人間工学が有効なツールとなることを、この事例が物語る。

 

 

2023年6月

Contact

お問合せは、以下にてお受付しています。