CASE3

自社のものづくりの原点が成功への道しるべ

株式会社マルニ木工

ひろしま感性イノベーション推進協議会は、感性に訴えるものづくりの実現のため2014年に設立、人間のもつ「感性」という新たな価値軸を活用した製品の差別化による高収益構造の実現に向け、感性工学や人間工学を取り入れたものづくりを推進することを目的とし、普及啓発、人材育成、専門家派遣、企業支援などを行っている。

ここでは、同協議会発行の『感性イノベーション成功事例集』で紹介される4社の成功事例より、世界的に評価の高い木製アームチェア「HIROSHIMA」を誕生させた株式会社マルニ木工(以下、マルニ木工)のケースを、ひろしま感性イノベーション推進協議会 研究実装プロデューサーである一般社団法人感性実装センターの目線で読み解く。

※ “ ” は『感性イノベーション成功事例集』からの引用


プロローグ

出所:ひろしま感性イノベーション推進協議会[2017]『感性イノベーション成功事例集』pp.10-11.

マルニ木工の木製アームチェア「HIROSHIMA」は、世界29か国に展開される(2020年現在)。長い年月をかけ培ってきた技術を、現代の感性にマッチさせ、“100年経っても「世界の定番」として認められる木工家具” として世界に発信した同社の取組みは、どのようなものだったのか。

 

マルニ木工の創業は1928年、昭和初期である。当時はまだ西洋式の家具が普及する前で、椅子をはじめとする木製家具は、職人の手作業による工芸品として高価なものであった。これを機械化し “工芸の工業化” を推し進めたのが、同社の創業者だ。

それまで手作業でしか加工できなかった、複雑な装飾が施された家具の機械化に成功。一品生産の高級品だった家具が、多くの人に手が届く価格での販売が可能となり、人気を博した。特に、高度経済成長期に発売された「ベルサイユ」は、“日本洋家具史上最大のヒット”(マルニ木工公式サイト)として知られている。


成功への道しるべとなる経験

人と機械の「分業による家具の工業生産」で、“業界のリーティングカンパニー” となった同社だが、1998年のバブル崩壊時、あるジレンマに陥っている。当時は、社会経済への不安から消費者の価値観が変化し、“高品質でも高いものは売れない” 時代であった。しかし、“薄利多売で儲かるかといえばそれも違う” という状況だ。

 

そこで同社はまず、消費者の声を商品開発に生かすため、インテリアショップの店員からヒヤリングを行っている。しかし、“人のフィルターを通して伝え聞いた結果の「ユーザーが欲しいもの」をつくってみても結局は時代遅れ” となり、改めてターゲットやコンセプトを見直す必要性に直面する。

 

ちょうどその頃、社内の世代交代により、同社がメーンターゲットとする30〜40代の社員が会社の中心となった。そこで、“自分たちが本当に欲しいと感じる商品を作ろう” と立ち上がったのが、ネクストマルニプロジェクトだった。 

ネクストマルニプロジェクトでは、“「日本の美意識」をテーマにインターネットを活用して国内外のデザイナーから椅子のデザインを募集” し、開発した商品を発売。3年間で15組のデザイナーとコラボレーションしている。しかし、現在も商品として残っているのはそのうち「SANAA チェア」のみだ。

“意思なかばに終わった” と同社企画部部長が述べているが、その最大の要因は “マルニ木工の技術が必要とは限らないデザイン” のものだったということであろう。

 

ネクストマルニプロジェクトで展開された商品は、デザイナーから新たなデザインを募るという開発プロセスの特性から、アート性のある個性的なものが多かった。しかし、椅子としての機能性(座り心地、使いやすさ)が十分発揮できないものや、手作業でなければ実現できないデザインのものも多く、それは同社が長年積み上げてきた 工芸の工業化” という独自技術が生かされていないことを意味した。

“自分たちにしかできない家具をつくろう” と、進むべき道を明確に立ち上げたプロジェクトのはずだった。しかし、“マルニ木工の技術が必要とは限らないデザイン” の商品であるならば、同社の思いとは真逆だ。この経験が同社の新たなものづくりにつながる学習機会となった。

「HIROSHIMA」の成功は、これらの経験が道しるべとなっている。

自社の原点に立ち返り新たな価値を創出する

出所:ひろしま感性イノベーション推進協議会[2017]『感性イノベーション成功事例集』pp.12-13.

「HIROSHIMA」をデザインしたのは、プロダクトデザイナー 深澤直⼈⽒だ。同社が深澤氏をパートナーに選んだのは、決して著名なデザイナーの一人だからではない。

先述の経験を経て同社が新たに打ち立てたコンセプトが、プロローグで述べた “100年経っても『世界の定番』として認められる木工家具” だ。“木の美しさや心地よさ” をキーワードに、“高い技術を使って本当によいものをつくりたい”、その想いが深澤氏と一致した。

 

こうしてアームチェア「HIROSHIMA」が誕生、テーブルやソファ、スツールなどシリーズで展開される。アメリカ アップル社が新社屋「アップル・パーク」に数千脚の「HIROSHIMA」を採用、木製家具の本場である北欧への納入も果たし、様々なシリーズを有した「MARUNI COLLECTION」は世界中から評価を受けている。


これらの成功は、“原点に戻り、木の魅力を生かすことを目指した” からこそ成し得たものだ。

背もたれからアームにかけて続く滑らかな曲面が特徴的な「HIROSHIMA」は、専用にプログラミングされた加工機で削られる。座面のカーブには、「工業の工芸化」を目指した創業者が確立した、熱と蒸気で圧縮成形する技術が今も生かされている。さらに、機械では出せない “機微な美しさやあたたかみ” は、職人による手作業によって生み出される。まさに、人と機械の「分業による家具の工業生産」だ。だからこそ、手作業でつくられる木製家具では実現できない価格での販売が可能となる。これこそがマルニ木工の強みである。

 

また、機械と人の融合により誕生した「HIROSHIMA」開発中に、同社は「アイトラッカー*1」を使い、購入想定者が “椅子のどの部分に関心が高いかを解析” する視点計測の実験を行っている。その実験が示した結果は、同社が重要要素と捉え、ものづくりの工程の中で “丁寧に調整を繰り返す” 部分と一致していた。これらの客観的なデータも、商品価値の裏づけとなり、同社の取組みを後押しする推進力となっている。

エピローグ - 人々の心を動かす感性価値

“自分たちにしかできない家具をつくろう” という熱意は、椅子を愛する世界中の人々の感性に響いた。

企業は苦境に立たされた時、時代のトレンドや、顕在化しているニーズ、早期の問題解決を追い求めがちだ。しかしそこで、ものづくりの原点に立ち返り、培ってきた高い技術を生かし、“本当によいものをつくりたい” と、自社の進むべき方向を明確にしたからこそ「HIROSHIMA」が生まれた。

時流に過度に左右されずマルニ木工にしかできないものづくりを大切にしながら、開発段階で椅子に対する人の感性を客観的に捉えるエビデンスを得たことで、新たなものづくりの手法の習得につながった。こうした企業姿勢や、商品開発の背景にあるストーリーが共感を呼び、ユーザーは商品への愛着を感じる。これもまた、人の感性へのアプローチであろう。

 

ユーザー自身がまだ気づいていない潜在的な価値が提供された時、人々は感性を刺激される。この人々に新たな気づきを促し、意味あるものとして心を動かす価値こそが「感性価値」である。 

 

2023年7月


*1 アイトラッカー人の眼球や視線の動きを計測する機器。それを追跡、分析する技術をアイトラッキング(視線追跡、視線計測)という。

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